新型コロナウイルス流行の緊急時下での中国式信用システムの活用
2020年2月27日
山谷 剛史(やまや たけし):ライター
略歴
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より、中国では雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のインターネット史: ワールドワイドウェブからの独立( 星海社新書)」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち(ソフトバンク新書)」など。
新型コロナウイルスが流行する中で、一部の自治体が自治体独自の信用システムを活用して、市民の善行と悪行のコントロールしている。言わずもがな日本の社会システムと中国のそれは大きく違うため、中国の対策がそのまま日本でできるわけではない。中国で近年信用社会が叫ばれる中で、国難に遭遇した時の信用システム活用例を紹介していく。
信用スコアというと、阿里巴巴(Alibaba)系の金融企業アントフィナンシャルが行う信用スコア「芝麻信用」が知られている。簡単にいえば、クレジットカードの与信のようなものだ。それとは別に一部の地方自治体が進めている社会信用システムがある。詳しくは「中国が推し進める社会信用システムとは」 に書いてある。
活用しているのは一部地方自治体の社会信用システムである。他方芝麻信用については、新型コロナウイルス流行という非常事態で借りたものや借金を返すことが難しい状況となっていることから、いったんはスコアの更新はせず、新型ウイルスが収束してから評価を再開するとしている。
導入する地方自治体は、山東省威海市や同省イ坊市(イはさんずいに維)だ。また福建省厦門市でも、スコアを使わない形で社会信用システムに組み込んでいる。
威海市では海貝分という信用スコアが導入されている。海貝分は、点数により、AAA、AA、A、B、C、Dの大きく6段階で評価される。1,000点からスタートし、善行によって点数は加点され、悪行により点数は減点される。1,150点以上であればAAA、1,149~1,050点でAA級、1,049~1,000点でA級、999~950点でB級、949~801点でC級、800点以下でD級となる。
同市の発展改革委員会によると、信用スコア「海貝分」において、新型肺炎で以下の目立った支援活動を行うと、加点される。
・医療救護は+30点、特に目立った活動の場合+50点、湖北省武漢市での医療従事は+70点
・社会公共秩序で特に目立った活動は+20点
・物資供給や物価安定について特に目立った活動は+20点
・行政から依頼を受けて緊急で生産任務についた上級スタッフで特に目立った活動は+20点
・宣伝や情報統計など後方支援で特に目立った活動は+10点
・義援金の提供は500元未満で+3点、500~999元で+10点、1,000~2,999元で20点、3,000~9,999元で+40点、10,000~99,999元で+50点、10万元以上で+60点
一方で以下の行動をとったと認定されると信用スコアは下がるとしている。ただし具体的に点数が何点下がるかは明記されていない。
・物価をあげたり、暴れたりするなど秩序を乱す
・体温測定など健康測定を拒む
・ニセモノの薬品や医療器械、材料を製造販売
・インターネットで故意にデマ情報を流し社会に悪影響を与える
・家族親族の発熱やせきなどの体調不良を伝えない
・統計において故意の情報操作
なお点数が上がることにより、水道光熱費の割引や、施設や観光地の入場料の割引や、病院での入院のデポジットの免除や、行政の手続き時間の短縮化といったメリットが発生する。
中国在住者の視点で見ると、優遇はなかなか魅力的に思える。芝麻信用の信用スコアが高いと、シェアサイクルやシェア(モバイル)バッテリー、シェアカーがデポジットなしで借りられるし、また様々なオンラインのレンタルサービスや中古買取サービスで優遇が受けられる。その芝麻信用とは重複しない形で、威海市内の公共サービスが割引価格に利用できるわけだ。両方登録すれば、生活費を節約することができる機会を増やすことができる。ただし点数が上がりにくそうに見えるし、またネットで導入したことを報告する声は少ない。普及しているかは別として、こういったシステムを作ったと解釈するのがいいだろう。
続いてイ坊市の信用スコアを紹介する。諸城市社会信用体系建設領導小組弁公室(諸城市はイ坊市内の市)は、「関于発揮"舜徳分"信用激励約束作用支持新冠肺炎疫情防控工作的通知」、つまり新型肺炎下での信用スコア「舜徳分」での激励に関する通知を発表している。
これによると、加点減点は以下のようになる。威海市の海貝分と準じている点もあるが海貝分よりも項目は少なく、また判断基準が曖昧になっている。
・医療救護は+30点、特に目立った活動の場合 +50点、湖北省武漢市での医療従事は+70点
・義援金の提供は金額と物資の量により比例し最高で+50点
・省、市、国からの表彰で加点。国からの表彰で最高となる+100点
・医学観察のための隔離からの逃避や、期間内の意図的な体調不良の申告漏れや、デマの拡散や、検査地点での検査拒否などで -10~-50点
・期間内の行政勾留や処罰がある場合は、C級へ降下
スコアは採用しないが、信用システムを活用するとしているのは、福建省厦門市などだ。具体的な項目が多い厦門市を紹介する。まず厦門市で、新型肺炎防止の最前線に携わる、義援金やマスクなどの品物を送る、現状復旧に務めるなどで目立った成果を残すといった行動をとると、行政から優遇を受ける。企業に対しては、行政サービスでの優先処理や、各種審査の省略、各種入札での優遇、政策サポート、人に対しては社会保障や就業・創業・教育サポートを受けることができる。
一方で、信用がなくなる行為について多数挙げている。以下に挙げていく。
・故意に移動履歴や患者との接触履歴を隠す
・検疫や隔離処理や治療からの逃避
・感染地域とわかっているところへの意図的な侵入
・他人との接触
・公共の場所で他人に向けてつばを吐く
・偽物のマスクの生産や販売
・通行禁止地域の強行突破
・医療廃棄物などの不法投棄
・新型肺炎指揮の決定した事柄について執行しない
・医療従事者への妨害や恐喝や暴力や中傷誹謗
といった行為だ。信用がなくなると、「行政管理で重点的に管理監視対象」「政府調達の競売に規制」「補助金や資金援助に規制」「乗り物の上級クラス禁止」など行政サービスで不自由となる。
また厦門市は、2月25日に新型コロナウイルス流行が原因での、業務不履行や、税金などの未納や、金融債務の不履行が発生した場合について、本来は発生する失信(信用を無くす)認定をしないとする「関于積極化解市場主体因新冠肺炎疫情不可抗力因素引発信用風険的通知」を発表した。
他の自治体においても、具体的な項目の有無の違いはあるが、加えて会食をすると信用が下がるといった処置がある以外は、だいたい同じとなっている。信用システムに新型肺炎流行の項目を入れることにより、企業や人々を抗ウイルスで団結させ、ボランティアや寄付を促進させることができるわけだ。
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2019年10月08日 「中国の交通問題「駐車場がない問題=停車難」とは」
2019年08月05日 「中国が推し進める社会信用システムとは」
2019年05月09日 「貴州をはじめとした中国各地でビッグデータはどう活用されているか」
2019年03月11日 「2018年の中国のネット業界はどこまで発達したか」」
2018年12月25日 「中国の子供の情報機器環境は10年で激変。格差も小さく」
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